スーパーアドバンストPBLプログラム『PBL Literacy』
常に挑戦する「オンサイト」型の国際教養教育
ジャーナリストとのコラボレーションによる「リテラシー」能力の開発

発信力を高める文章講座

2.学生の作品


現代国際学部 国際教養学科 加藤すばる

■言葉のないコミュニケーションから学んだこと 【第10稿】

高校2年生の秋、カンボジアから2人の男の子がホームステイにやって来た。赤い揃いのサッカーユニホームを着て初めて我が家へやって来た彼らは、サッカーの練習を終えたばかりで空腹のはずだ。「夕食を食べよう」。私は英語で声をかけた。しかし、2人は玄関に立ったまま返事をしない。何度言ってみても、2人には英語が通じなかった。
彼らはカンボジアのサッカーチームに所属する高校生だ。2泊3日我が家に滞在し、昼間は私の高校の授業でサッカーをしたり、クラスでお昼を一緒に食べたりした。校内では通訳がつくため会話に問題はないが、学校を出れば通訳はいない。私と父と母だけで、日本語も英語も分からない2人とコミュニケーションを取らなければいけないのだ。
英語がダメならば母国語であるクメール語にしようと翻訳アプリを使ってみた。しかし、うまく翻訳されなかったのか、2人は相変わらず首をかしげ、こちらを見つめている。どうすればよいだろう。私も2人と同じように首をかしげて考え込んだ。

玄関で黙り込んでから5分ほど経ち、私はふいにクメール語で「ご飯」を表す単語を見せながら、右手にスプーンを持って口に運ぶ真似をしてみた。すると2人は目を見開き、親指を立てて笑顔で頷いた。「伝わったよ!」。私は台所にいる母に言った。母は茶碗を片手に走ってきて、「よかった!」と家中に響く声で叫んだ。2人も高い声で笑うと、鼻の下で手を合わせ「チュムリアップ・スオ(こんにちは)」とはじめて笑顔で挨拶をした。
食事中には、揚げたての鶏肉の天ぷらを指差して1人が首をかしげた。私は、食材が何か知りたいのだろうかと思い、手を羽に見たて、上下に振りながら「コケコッコー」と鳴き真似をした。すると2人は笑いながらも「あぁー」と納得したような声を出し、口へ運ぶとまた親指を立てて母に微笑んでいた。

それから3日間、なんとかコミュニケーションをとり、ジェスチャーで伝わらない時は絵を使った。父母も含めて5人でリビングに集まっていると、2人がiPhoneで撮ったカンボジアの寺院の写真を見せてくれた。その時、1人がノートを広げ、タンクトップにショートパンツ姿の人の上に、大きな円と斜線でできた禁止マークを描きだした。「寺院で露出はダメってことじゃない?」。父が絵を見て言った。母と私は「なるほど!」と納得し、拙い会話からも知識を得ることができたことに喜びを感じた。

カンボジアンの若者との間で、言いたいことがなかなか伝わらない時も、私たちはコミュニケーションを楽しんでいた。言葉が通じなくても、心を通わせることはできることに気付いた。相手の表情や動きからその思いを読み取ろうとし、互いに何を伝えたがっているのかを理解してあげようと、あきらめない姿勢こそが大切だ。コミュニケーションとは、相手の思いに寄り添い支え合う、人間関係そのものなのではないだろうか。

【第1稿】

2014年10月、カンボジアから2人の男の子が我が家へホームステイにやって来た。彼らは母国のサッカーチームで活躍する高校生だった。私の高校と交流することになったカンボジアの男子学生たちは、3日間ホームステイをして、サッカーはもちろん日本の文化や生活を体験し、自国の発展に生かそうというプログラムだった。

当時高校2年生だった私は、非英語圏の人々との交流は初めてで、どんな人柄なのだろうか、考え方は合うのだろうかなどと様々な不安を抱いていた。そして受け入れ初日、さっそく大きな問題が発覚した。全く言葉が通じないのである。顔合わせの時には通訳の方がサポートをしてくれた。しかし、通訳の方がいなくなると、相手はクメール語、こちらは日本語か英語しか話せないという状況で、会話ができなくなってしまったのだ。
自宅に向かう車の中も終始無言だった。食事や今後の計画など話したいことはたくさんある。しかし、どう伝えればよいのか分からないでいた。家に到着して車を降り、ふと2人を見ると、表情を引きつらせながら、何か言いたそうな顔をしていた。このままではいけない、日本での思い出を不安で満たしてはいけない。そう思った私は何とかして会話をしようと決めた。

まずはWebの翻訳機能を使ってみた。しかし、うまく翻訳されなかったのか、2人は首を傾げた。そこで、単語を示しながらジェスチャーで伝えることにした。クメール語で「ご飯」という単語を見せながら食べる動作をしてみせると、やっと伝わったようで、2人も親指を立てて笑顔で頷いてくれた。その後も互いにジェスチャーを使い、初めは伝わらなくて気まずい顔をしていた2人も、無邪気に笑いながらたくさんのことを話してくれた。
受け入れ最終日、「ありがとう」と涙ぐみながら別れを告げた。何度か海外の人々と交流をしてきたが、言葉が通じないというのはこれが初めての経験だった。自分はとても狭い世界で生きてきたのだと気づかされた。しかし、言葉は通じなくても、何とかして伝えようという思いと笑顔があればコミュニケーションはとれるのだということも実感した。多言語を話す能力よりも、重要なのは分かり合おうとする心なのだと思った。

世界と関わる上で大切なことを教えてくれた2人にはとても感謝している。言葉や考え方が違っても、自分から歩み寄り理解しようとする姿勢を大切にして、これからもたくさんの人々と繋がっていきたい。

【第1稿への講評】

貴重な体験ですね。しかし、あなたの体験は、この文章を読む読者には、肝心なところが伝わってきません。あなたの文章で興味深いのは、言葉が伝わらないから、<クメール語で「ご飯」という単語を見せながら食べる動作をしてみせると、やっと伝わったようで、2人も親指を立てて笑顔で頷いてくれた。>と、初めてコミュニケーションが取れたところです。

その後の文章は、次のようになっています。
<その後も互いにジェスチャーを使い、初めは伝わらなくて気まずい顔をしていた2人も、無邪気に笑いながらたくさんのことを話してくれた。 受け入れ最終日、「ありがとう」と涙ぐみながら別れを告げた。>
<無邪気に笑いながらたくさんのことを話してくれた。>というのは、<中身のない説明>なので、あなたの体験として全く実感できません。
文章では、いきなり<涙ぐんで分かれる>ことになりますが、3日間、何があったのかを、いくつかの場面を思い出して書くしかないでしょう。文章では、3人のカンボジア人のことが何も分からないので、読者には、この3人ついて一切イメージできないので、<涙ぐんで分かれる>と書いても、共感できません。3人とのコミュニケーションを描き、3人の様子が分かれば、読者も共感できるでしょう。

※この文章は自宅に英語の通じない留学生を3日間受け入れたという体験を書いているが、第1稿は漠然とした記憶を概説的に書いているだけだが、それは文章としても読者には伝わらない。そのような指摘を受けて、筆者は、当時の場面に自分が身を置くように経験の場に戻って、何が起こったかを思い起こすことで文章化して修正を重ねた。体験を文章化するということは、筆者にとっては、自分の体験に戻って、それを追体験するという作業である。

 発信力を高める文章講座


1.情報発信者を養成する文章講座の取り組み(川上泰徳)
2.学生の作品
 2-1.言葉のないコミュニケーションから学んだこと
 2-2.諦めないこと
 2-3.「伝える」コミュニケーション
 2-4.オーストラリアでの失敗から得た教訓
 2-5.弟の職業体験から考える賃金格差
 2-6.私が感じた情報格差
 2-7.楽しい世界の造り方
 2-8.「二度の受験を乗り越えて」
 2-9.傷ついて知ったこと
 2-10.旅から学んだこと
 2-11.ホストマザーとのコミュニケーション
 2-12.セックスワーカーの女性たち
 2-13.取材を通して学んだこと
 2-14.日本とインドネシアの架け橋
 2-15.「コミュニケーションが与えるもの」
 2-16.百崎先生との大学受験
 2-17.国境を越えるコスプレ文化との出会い
3.参加者の声
4.取り組みの狙い(佐藤都喜子学科長)