スーパーアドバンストPBLプログラム『PBL Literacy』
常に挑戦する「オンサイト」型の国際教養教育
ジャーナリストとのコラボレーションによる「リテラシー」能力の開発

発信力を高める文章講座

2.学生の作品


現代国際学部 国際教養学科 朝倉 幸

楽しい世界の造り方 【第5稿】

 走るのはとても苦しい。ふっと気が抜けた瞬間足を運ぶリズムが狂ってしまい、前を走る先輩の背中が少しずつ遠のいていく。思わず顔を歪め必死で酸素を吸い込みながら、遅れを取り戻そうとがむしゃらに腕を振って走る。「ブサイクになっちゃだめだよ!苦しい顔して走るともっと苦しくなるから!」練習の休憩中に先輩がそう声をかけてくれた。

わたしは高校生の時陸上部に所属しており、1年生の秋から2年生の3月まで400m、800m走などの中距離を専門にしていた。練習をみてくれていた先生は、とても厳しくハードな内容の練習をすることで有名だった。わたしは、始めは400m走を専門として練習していたのだが、「お前は体力があるから800mの方が向いている」と言われ、800mを専門にしていた東出先輩の練習相手になった。東出先輩は男子部員と張り合えるほどの特異な体力の持ち主だった。わたしは先輩に置いていかれないようにと毎日必死で、前を走る先輩の背中に食らいつくようにして走っていた。

 東出先輩はとても陽気な人であった。どんなに辛い練習でも「1本目行きまーす!よーい、ゴー!」と競技場に響き渡る元気な声で合図を出して走り始める。どれだけ疲れていてもテンションが高くて、練習中にもかかわらずよく話しかけてくる。どうしてこの人はこんなに元気なのだろうと思っていたのだが、ある時「こんなしんどいメニュー、めちゃくちゃにテンション上げていかんとやりきれんよね!」と東出先輩が言った。
「え、わざとだったんですか!」と思わず聞いてしまったが、これが先輩の練習のこなし方なのか、と秘訣を聞いたような気持ちになった。いつも、追いつけるはずのない先輩の背中を必死な顔で、離されまいとがむしゃらに追って走っていたのだが、「苦しい顔をすると余計に苦しくなるよ、苦しくなってきたらリラックスして口角上げてこ!」と言われ、それからは練習への意識を変えることにした。

初めは、「こんな練習苦しくなんかない、すごく楽しいじゃん」と無理やり自分に言い聞かせていたのだが、東出先輩と一緒に励まし合いながら「いけるいける!」と前向きに練習に取り組めるようになれた。前を走る先輩に引き離されそうになる時は、がむしゃらに走るのではなく、自分の走るリズムを感じながら、少しそのテンポを上げるというように気の持ち方を変えた。自分の心をコントロールすることで、あんなに嫌だった練習が楽しみに思えるほどになっていた。

先輩と共に毎日の練習を乗り越え、自分の世界は自分の気持ち次第でいくらでも楽しく造り変えられるということを学んだ。今ではどんなハードな仕事も「よっしゃ楽しみ!」とポジティブに受け取り、楽しんで取り組むことができていると思う。だからわたしは「いつも楽しそうだね」と言われるのだろう。苦しいときに顔を歪めると、苦しいということを強く自覚し、より苦しくなってしまう。自分の心は案外簡単にコントロールできるのだから、まずは笑顔でいることが大切なのだと思う。

【第1稿】

わたしは高校生の時陸上部に所属しており、800m走を専門にしていた。1年生の秋から2年生の3月まで、400m、800m走などの中距離を専門にしていた1個上の女子の先輩方3人と、同じく中距離専門の女子同期3人は、外部コーチの横田先生に付いて練習していた。その時の辛い練習や、パートナーとして一緒に走ってきた東出先輩のおかげで、わたしは「嫌なことでさえ、少し気持ちの持ち方を変えるだけで楽しみなことになる」ということを学んだ。
横田先生はとても厳しくハードな内容の練習をすることで有名だった。「これが来週の練習スケジュールだ。」と毎週渡される紙を見て、そのハードさにみんなで半泣きしながら家に帰っていた。授業中も「今日の練習はなんだったかな」、「今日は風が強い、、練習きつくなりそう」などと、毎日部活のことばかり考えていた。
そもそもわたしたち同期3人は、3人の先輩方の練習相手として横田先生の練習に誘われたのだった。400m走の練習と800m走の練習は内容が全く異なるので、わたしは同じ800m走が専門の東出先輩とずっと2人で別メニューの練習をしていた。
わたしは、始めは400m走の専門として練習していたのだが、「お前は体力があるから800mの方が向いている」と言われて東出先輩の練習相手になった。東出先輩は小学生の時から地元の駅伝の代表選手に選ばれたり、男子と一緒に練習をしたりと、幼い頃から特異な体力の持ち主だった。わたしは同期より少しだけ体力がある程度だったので、東出先輩に置いていかれないようにと毎日毎日必死で先輩の背中に食らいつくようにして走っていた。
東出先輩はとても陽気な人で、どんな練習でも「1本目行きまーす!よーい、ゴー!」と競技場に響き渡る元気な声で合図を出して走り始める。どんなに疲れていても、テンションが高くてどうしてこの人はこんなに元気なのだろうと思っていたのだが、ある時、練習の休憩時間に「こんなしんどいメニュー、めちゃくちゃにテンション上げていかんとやりきれんよね!」と東出先輩が言った。「え、わざとだったんですか!」と思わず聞いてしまったが、確かにその通りだと思った。いつも、追いつけるはずのない先輩の背中を必死な顔で、離されまいと我武者羅に走っていたのだが、「ブサイクになっちゃだめだよ!苦しい顔して走るともっと苦しくなるから!」と言われ、それからは練習への意識を変えることにした。東出先輩と一緒に励ましあって、「いけるいけるー!」と前向きに練習に取り組めるようになれた。前を走る先輩に引き離されそうになる時は、我武者羅に必死になって走るのではなく、自分の走るリズムを感じながら、少しその速さを上げるというように気持ちの持ち方を変えた。このように自分の心をコントロールすることで、あんなに辛くて嫌だった練習を楽しみに思えるほどになっていた。
この経験から、わたしは、自分の世界は自分の気持ち次第でいくらでも楽しく造り変えていけるということを学んだ。だからわたしは、高校の時からずっと「いつも楽しそうだね」と言われているのだと思う。東出先輩との練習の成果が、陸上の面だけでなく、今でも出ているというのはとても嬉しいことだ。これからも、嫌なことからも逃げることなく、自分の中で前向きに捉え直していこうと思う。

【第1稿への講評】

 第5段落はいい。あなたが伝えたいのも、この部分ですね。この文章は、いまの第5段落だけを場面として書けばいいのです。
 導入と締めは必要ですが、文章全体で第5段落を再現し、描写すればいいのです。いまの第1から第4までの4つの段落の中では必要な情報だけ入れるという感じです。
 文章では書きたいことをかくためにいろいろと回りくどい説明をしても、意味がありません。読者は、第5段落まで、あなたの説明を読んではくれません。
 例えば、いまの第1段落で<「嫌なことでさえ、少し気持ちの持ち方を変えるだけで楽しみなことになる」>という言葉が出てきますが、この言葉は一般論です。一般論だから、意味は分かりますが、心に響かないですね。第1段落で<「ブサイクになっちゃだめだよ!苦しい顔して走るともっと苦しくなるから!」>という東出先輩の言葉を入れるというのでどうででしょうか。
第1段落にある<わたしは高校生の時陸上部に所属しており、1年生の秋から2年生の3月まで、400m、800m走などの中距離を専門にしていた。>というのは必要な説明ですが、<1個上の女子の先輩方3人と、同じく中距離専門の女子同期3人は、外部コーチの横田先生に付いて練習していた。>という説明は、第2段落以降で入れればいい説明です。

※この受講生は、最初は別の題材で作文を書き、第4稿まで修正を重ねたが、自身の体験が読者に伝わるような場面として出てこないので、その題材を断念して、全く別の題材で書くように指示した。二つ目の題材では、つらい陸上の練習の中で、尊敬する先輩が発した魅力的な言葉があり、場面が明確だったので、その場面を再現することで、印象的な文章となった。自身の体験を、他者である読者に向けて伝わるように文章化しようとする場合、筆者の中に、体験が説明や理屈ではなく、場面として認識されていることが重要である。

 発信力を高める文章講座


1.情報発信者を養成する文章講座の取り組み(川上泰徳)
2.学生の作品
 2-1.言葉のないコミュニケーションから学んだこと
 2-2.諦めないこと
 2-3.「伝える」コミュニケーション
 2-4.オーストラリアでの失敗から得た教訓
 2-5.弟の職業体験から考える賃金格差
 2-6.私が感じた情報格差
 2-7.楽しい世界の造り方
 2-8.「二度の受験を乗り越えて」
 2-9.傷ついて知ったこと
 2-10.旅から学んだこと
 2-11.ホストマザーとのコミュニケーション
 2-12.セックスワーカーの女性たち
 2-13.取材を通して学んだこと
 2-14.日本とインドネシアの架け橋
 2-15.「コミュニケーションが与えるもの」
 2-16.百崎先生との大学受験
 2-17.国境を越えるコスプレ文化との出会い
3.参加者の声
4.取り組みの狙い(佐藤都喜子学科長)