スーパーアドバンストPBLプログラム『PBL Literacy』
常に挑戦する「オンサイト」型の国際教養教育
ジャーナリストとのコラボレーションによる「リテラシー」能力の開発

発信力を高める文章講座

2.学生の作品


現代国際学部 国際教養学科 福井 史織

弟の職業体験から考える賃金格差 【第9稿】

今年の夏に帰省した際、久しぶりに弟を見るなり、弟の様子が気になって母に尋ねたときのことである。「けんちゃん最近どう?」そう尋ねると、「隣町の事業所へ2週間、職業体験をしに通ってるよ。仕事はすごく頑張ってるし、事業所の人達も良い人ばっかりでね」と教えてくれた。元気で頑張っている姿にほっとした。

 

けんちゃんは知的障がいを持つ高校3年生の弟だ。現在は心身に障害を持つ生徒が通う特別支援学校に通っている。弟の通う学校は小学部・中学部・高等部が併設されており、けんちゃんは小学校は地元で過ごし、中学校から通い始めた。進学が困難な知的障がい者は高校を卒業すると就職をする人が多い。そのため、特別支援学校の高等部では、生徒達が社会で自立した生活を送れるよう、学校内で畑を耕したり、調理をしたり、木材を使って本棚を作ったり、職業体験をしたりと実践的なプログラムが組まれている。けんちゃんも就職を間近に控えた生徒の一人。学校のプログラムを通して、どうやら職業体験に行っているようだった。

 

「けんちゃん仕事何やってるの~?楽しい?」今度は食卓の椅子に座って絵を描いていたけんちゃんに、話すペースをゆっくりにして問いかけた。私をじっと見つめて考えた末、「楽しいです~」とだけ笑顔で答えた。そこで母がけんちゃんの言った事に付け足すように「商品のラッピングや梱包作業を任されているよ。ねぇ~けんちゃん!頑張ってるよね!」と仕事内容を教えてくれた。けんちゃんは意味を理解しているのか分からないが、母の問いかけに照れ笑いをしながら頷いた。

 

けんちゃんは知能の発達に遅れがあるので、国語や算数はめっぽう弱い。算数であれば、足し算引き算をするのがやっとで、お金の計算もできない。話すことはできるし、簡単な会話は成り立つが、滑舌が悪く難しい言葉は使えない。しかし、仕事で任されているような軽作業や、日常生活の中で行う食事の支度や洗濯を畳むこと、浴槽にお湯を張ることなどは一度教えれば習慣化し、今では日課のように行っている。

 

帰省したその日も、けんちゃんは食卓の椅子に座って絵を描いていたが、しばらくすると絵描き道具を片付け、自ら夕食の支度を手伝い始めた。箸や皿をテーブルにセットし、ご飯やスープを盛り付け、父親が飲むビールまで用意していた。2階で仕事をしていた父親や、リビングでテレビを見ていた祖父を呼びに行き「お父さん、おじいちゃんご飯できましたよ!」と声をかけていた。けんちゃんはよく気づき、動ける働き者だ。

 

職業体験中、けんちゃんは障がい者に就労の機会を提供する、指定された事業所で、時給800円程度の仕事を、毎日弱音も文句も言わずにし続けた。この忍耐力とやる気には感心するほどだ。しかし、障がい者というだけで、給料や勤め先が制限されてしまうのが実態であり、けんちゃんは幸いにも給料がもらえるケースだが、重度の障がい者が働く場合、給料がもらえないケースもある。この事実には驚かされると同時に突然心苦しくなった。

 

けんちゃんが弟であったからこそ、知らなかった格差に気づくことができた。そして、生まれ持った能力やスキルだけで評価されることや、仕事の幅が減ってしまうことに違和感を覚えた。弟を通して、障がい者の雇用に対して柔軟に対応できる社会の受け皿が必要であり、能力だけでなく、与えられた仕事に前向きに向き合うけんちゃんのようなやる気や一所懸命さが評価されるべきであると考えさせられた。

【第1稿】

一人暮らし先から、家族の元へ帰省すると、「おかえりなさい~」と恥ずかしそうな小さな声で迎えてくれる。いつも少し肩を丸めて下を向き、久しぶりに会う姉に照れ笑いをしながら玄関でけんちゃんが待っていてくれる。けんちゃんは高校3年生の弟で、知的障がいを持っているため、現在は特別支援学校に通っている。いつも笑っていて愛嬌のある可愛い弟だ。

 

その日は9月で、夏休み最後の帰省だった。けんちゃんが玄関からリビングへ移動し、食卓の椅子に座ったので、私も真向いの椅子に座った。まだ下を向いて照れていたので、「けんちゃん元気~?」と私が机に身を乗り出し、顔を覗いて尋ねると、「うん元気。」とまた照れながら返事をした。
そして突然、5月に行った沖縄への修学旅行の話や6月の運動会で応援団長をした話を長々と話す。これはいつものスタイルで、相手は尋ねていないが、自分が楽しいと感じた思い出話を何度もする。そして話が終わると大好きな絵をノートに描き始め、没頭するのでまともな話は聞けない。

 

「けんちゃん最近どうなの?」と今度は真剣な話が聞きたくて母親に尋ねた。「隣町の事業所へ2週間、職業体験をしに通っとるよ。仕事はすごい頑張っとるし、事業所の人達も良い人ばっかりでね。」と話してくれた。
進学が困難な知的障がい者は高校を卒業すると就職をする人が多い。特別支援学校では、生徒さんが社会で自立した生活を送れるよう、学校内で畑を耕したり、調理をしたり、木材を使って本棚を作ったり、職業体験をしたりと実践的なプログラムが組まれている。けんちゃんはどうやら学校を通じて、障がい者を受け入れて下さる事業所へ職場体験に行っているようだった。職場では、商品のラッピングや梱包をする仕事を任されているらしい。

 

母親と話を進めていくうちに、知らなかった現実を知ることとなった。障がいの重度によって、仕事内容や受け入れて下さる事業所が変わるらしく、最も簡単な仕事を行う事業所では、障がい者は働いても給料がもらえないレベルなのだという。この事実には驚かされると同時に突然心苦しくなった。けんちゃんは県で定めれている最低賃金、時給800円のレベルに相当するらしく、職業体験に行っている事業所が受け入れて下されば給料は出るのだという。
私は現在、学童保育のアルバイトをしているが、アルバイトの身分であっても、時給は800円以上だ。また、どんな仕事であっても働けば、その分給料という形で自分の元へ返ってくるのが当たり前だと思っていた。しかし、お金がほとんどもらえない仕事を選ぶことしかできない人がいることを知った。

 

けんちゃんも能力やスキルに限界があるので、難易度の高い仕事はこなせない。そのレベルには低い賃金が支払われるのは当然なのかもしれない。受け入れてもらえる場所があるだけでも有り難いことなのかもしれない。それに、けんちゃんはお金の使い方やお金の役割をほとんど理解していないので、「あれが買いたいからお金が欲しい。」という欲もなく、お金に対して執着心がない。そのため、給料が発生しなくても、恐らく本人は文句も言わずに、楽しんで働くだろう。しかし、能力やレベルは人それぞれだが、誰もが同じ人間であることを考えたとき、この格差には少し違和感を覚えた。

【第1稿への講評】

書きたいテーマは<知的障害者の弟の就労>ということですが、その部分は全部説明になっています。第2段落、第3段落は弟とのやりとりが描かれていますが、これはテーマとは直接関係なく記述されているので、削るしかありません。
単に弟のことを書くならば、第2段落、第3段落は場面になりますが、弟の就労問題というテーマで書くとなると、テーマとは関係ない不必要なエピソードになります。 第2段落、第3段落がなくなると、すべて<就労>に関わる部分はすべて説明だという意味がわかるでしょう。母親の話も説明です。 
 この原稿のように、テーマと離れて弟との会話や場面があるのではなく、テーマとの絡みで、それが分かるように会話のやりとりや、場面として描かねばなりません。労働との関係について書いている中で、弟とのやりとりを再現する必要があります。具体的に何か作業をする場合に、弟はどの程度働くことができるかは、あなたとのやりとりを通して見えてくるでしょう。

 ※最終稿は印象的な文章に仕上がっている。この受講生は、2017年前期の文章講座を受講しているため、後期では再受講となり、「格差」というテーマで、個人的な体験を書くという課題を与えた。体験を文章で再現するだけではなく、テーマとからめて体験を描くことが課題となる。社会的なテーマを与えられ、それを自身の体験として描くのは、単に個人の体験を文章化するより高度となる。ただし、初めて文章講座を受ける他の受講生の作文と比べて見れば分かるように、第1稿から具体的な体験の場面が文章化されている点では、講座の成果が表れている。

 発信力を高める文章講座


1.情報発信者を養成する文章講座の取り組み(川上泰徳)
2.学生の作品
 2-1.言葉のないコミュニケーションから学んだこと
 2-2.諦めないこと
 2-3.「伝える」コミュニケーション
 2-4.オーストラリアでの失敗から得た教訓
 2-5.弟の職業体験から考える賃金格差
 2-6.私が感じた情報格差
 2-7.楽しい世界の造り方
 2-8.「二度の受験を乗り越えて」
 2-9.傷ついて知ったこと
 2-10.旅から学んだこと
 2-11.ホストマザーとのコミュニケーション
 2-12.セックスワーカーの女性たち
 2-13.取材を通して学んだこと
 2-14.日本とインドネシアの架け橋
 2-15.「コミュニケーションが与えるもの」
 2-16.百崎先生との大学受験
 2-17.国境を越えるコスプレ文化との出会い
3.参加者の声
4.取り組みの狙い(佐藤都喜子学科長)