スーパーアドバンストPBLプログラム『PBL Literacy』
常に挑戦する「オンサイト」型の国際教養教育
ジャーナリストとのコラボレーションによる「リテラシー」能力の開発

発信力を高める文章講座

2.学生の作品


現代国際学部 国際教養学科 國武 真唯

百崎先生との大学受験 【第7稿】

 「真唯ちゃんは私の見てきた生徒さんの中でもピカイチに“精神力が強い”女の子です!」これは、塾でお世話になった百崎先生に、高校で使用していた単語帳の表紙に油性ペンで書いてもらったメッセージの一部である。この言葉に励まされ、支えられたことで、私は大学受験成功することができた。
 百崎先生は、私が高三の時英語を指導していた個別指導塾の先生である。四十代ほどの小柄な女性で、くすんだ黄土色のボリュームのある髪が百崎先生のチャームポイントだった。当時、名古屋外国語大学を第一志望校としていたので、配点の割合が最も高い英語を塾で教わっていた。月曜日と土曜日の週二回、一対一の指導で、私がセンター試験の過去問や高校での模擬試験で分からなかった問題を毎回ピックアップした状態で授業に臨み、最初にそれらを解決した後、長文読解や内容一致問題といった私の弱点を中心に実践するのが、百崎先生と私の授業スタイルだった。
 百崎先生は、授業内で取り上げる私の弱点だけでなく、私が比較的得意としたアクセントや文法問題をバランスよく取り上げながら、できていることはいつも褒めてくれた。百崎先生に褒められる度に勉強に対するモチベーションが向上していた私は、センター試験の過去問や高校の受験対策の教材など、とにかく量をこなし復習もしながら指導日に臨んでいた。「前回の授業から、こんなにたくさんの問題をこなしました!」「○年前の過去問八割超えました!」授業の初めは、このような成果報告から始まる。「やったじゃない!その調子!」「あと数十点でA判定だよ!今の真唯ちゃんなら絶対できる!」百崎先生はポジティブな言葉をかけながら、いつも私の軟弱な精神を鼓舞してくれた。
 地元が福岡県でありながら名古屋外国語大学を第一志望としていた私は、近隣の県で受験できる地方受験と名古屋外国語大学で受験する本学受験の両方の方式で受験した。センター試験をまずまずの結果で終え、迎えた地方受験の日。私は、最初の国語で大きく躓いてしまった。何度読み返しても答えが分からない問題がかなりあった。迫る時間に焦りパニックになったせいで、手ごたえが全くない状態で国語を終えた。この精神状態を、続く日本史、英語にも引きずってしまったため、結果は目に見えていた。
 本学受験を二日後に控える中、地方受験を終えた重い足取りで百崎先生の待つ塾へと向かった。「だめでした」落ち込んで今にも泣きそうな私に、「まだ終わってないよ!真唯ちゃんなら絶対大丈夫!」と笑顔で答えてくれた百崎先生の言葉にどれだけ支えられ、励まされたことか。この時の気持ちを忘れないように、私の受験期の相棒とも言える単語帳に、百崎先生から直筆でメッセージをいただいた。
 結果発表当日。地方受験は予想通り壊滅的な結果だったものの、本学受験は併願した学科すべてに合格していた。すぐにでもこの合格を百崎先生に伝えたかったが、高校の課外授業があったため、塾には報告せずに放課後塾に向かった。受付の人に「合格しました!」と伝えると、「何も連絡が来なかったから、真唯ちゃんだめだったかもしれないって百崎先生心配してたよ」と言われた。その言葉に焦り急いで自分のブースへ駆け付けると、そこには顔色の悪そうな百崎先生が待っていた。私は百崎先生の目をしっかり見て、笑顔で「合格しました!」と言った。すると、「本当に良かった!連絡ないから、だめだと思ってどんな言葉をかけようかすごく悩んでたんだから」百崎先生は安堵の笑みを浮かべ、私にそう声をかけた。「おめでとう!さすが真唯ちゃんだね」一緒に喜びを分かち合いながら百崎先生は私を褒めてくれた。
 大学受験期、百崎先生と出会い、先生の温かさが私の活力となった。その温かさが、私を名古屋外国語大学合格に導いてくれたのだと感じる。人の温かさは、人に活力を与える。それこそが、人を動かす一番のエネルギー源である。当時私は、人の温かさがこんなにも誰かに影響を及ぼすとは思ってもいなかった。将来を左右する重要な局面での出会いということもあり、その温かさをより一層実感することができた。百崎先生は、私の憧れであり、自慢の先生である。

【第1稿】

 現在私は、地元である福岡を離れて名古屋外国語大学で学んでいる。九州を飛び出し、愛知まで来た理由。両親への感謝や、「合格」を勝ち取るまでの過程。大学受験は私にとって、自分自身を成長させた最高の機会だ。
 高校三年生、私が通っていた高校は進学校ということもあり、大半の生徒が大学進学を考えていた。私もその一人だった。当時、最も得意であり、好きな英語を生かした職業に就きたいという漠然とした夢はあった。英語力の向上、第二言語の習得、充実した留学制度で選んだのが本学である。だが、県外かつ私立大学という点が、両親への経済負担を考慮すると悩みどころであった。
 夏休み、母とともに本学のオープンキャンパスに参加した。それ以前に、他大学のものにも参加したが、最終的にこの場所で「名古屋外国語大学に行きたい」という意志が固まった。両親も、本学を目指すことに同意してくれた。「行きたい大学に行けばいい」と認めてもらえた時は心から感謝した。それと同時に、目標に向かった本格的な受験勉強が始まった。
 私の場合、国語、英語、日本史のみ受験に必要だったので、この三科目を徹底的に勉強した。英語に関しては、相当な時間を費やした。試験の一か月前は、千五百ほどの単語を毎日復習したり、約十年分の過去問を解きまくったりと、人生で一番勉強に励んだ時期である。
 二月の地方受験、本学受験は最後の最後まで粘った。本学受験にかなりの手ごたえは感じていたが、結果発表までの一週間は不安でしかなかった。
 結果発表の日、私はインターネットで確認した。「合格」の二文字を確認した時の、こみ上げてくる歓喜と嬉し涙は今でも忘れられない。母は仕事の関係で横浜にいたため、喜びを一緒に分かち合うことはできなかったが、結果発表の直後にかけた電話越しに、「頑張ったもんね、おめでとう」と言った。最後まで応援し続けてくれた両親。本気で努力したからこそ掴めた「合格」。私にとって大学受験は、感謝と努力の結晶である。
 現在の将来の夢は、高校の英語教師である。大学受験に向けて勉強してきたよりも遥かに多くのことを学ばなければならない。これはぶれない目標であるからこそ、努力する。この環境を与えてくれている両親にはもちろん、支えてくれる先生や友人に対する感謝の気持ちも忘れずに。就職してしっかりとした社会人になって親孝行をするためにも、大学受験以上に惜しみなく勉学に励むつもりだ。

【第1稿への講評】

 大学受験があなたの「記憶に残った体験」ということですが、大学受験のことを通り一遍に振り返って書いただけですね。大学受験はあなただけではく、大学生はみな経験するわけで、名古屋外国語大学の学生には、すべてに名古屋外国語大学を目指して勉強し、合格した体験があります。あなたの体験は、あなた個人の体験なのに、あなたの文章では、個人の体験としての特殊性が何も感じられず、一般的すぎます。オープンキャンパスで決めたことも、英語を中心に一生懸命勉強したことも、合格はインターネットで確認して合格で喜んだことも、福岡から来たと書かれていなければ、別の人の名前にしても、そのまま通じるでしょう。大学受験が<人生で一番勉強に励んだ時期である。>というのは、あなただけでなく、みんなそうです。英単語だって、みんな一生懸命、覚えたでしょう。<二月の地方受験、本学受験は最後の最後まで粘った。>というのも、合格した人はみな<試験で最後まで粘った>でしょう。
 この題材で書くなら、大学受験前後の記憶をしっかりとたどって、あなたの記憶に残ったいくつかの場面を再現することで、ほかのひとではない、あなた自身の体験としてのディテールとリアリティがなければなりません。「体験としてのディテールとリアリティ」というのは、何を求めらているのか、難しいかもしれませんが、あなたの記憶をたどってそれを再現すれば、ディテールとリアリティも出てくるでしょう。

※この第1稿を読めば、学生たちがいかに自身の体験を書くことに慣れていないかが分かる。自身の体験を書くという課題であるから、自分の体験を再現しながら、自分自身を打ち出すような発信者としての意識がなければならない。この学生は、講評のような指摘を受けて、受験での<個人的な体験>として、大きな影響を受けた塾講師との関わりを文章にしようと修正した。筆者が本当に書きたい体験や題材を文章化させることで、自分の内側にある体験を<外部化=文章化>させることが発信者としての文章講座の出発点である。

 発信力を高める文章講座


1.情報発信者を養成する文章講座の取り組み(川上泰徳)
2.学生の作品
 2-1.言葉のないコミュニケーションから学んだこと
 2-2.諦めないこと
 2-3.「伝える」コミュニケーション
 2-4.オーストラリアでの失敗から得た教訓
 2-5.弟の職業体験から考える賃金格差
 2-6.私が感じた情報格差
 2-7.楽しい世界の造り方
 2-8.「二度の受験を乗り越えて」
 2-9.傷ついて知ったこと
 2-10.旅から学んだこと
 2-11.ホストマザーとのコミュニケーション
 2-12.セックスワーカーの女性たち
 2-13.取材を通して学んだこと
 2-14.日本とインドネシアの架け橋
 2-15.「コミュニケーションが与えるもの」
 2-16.百崎先生との大学受験
 2-17.国境を越えるコスプレ文化との出会い
3.参加者の声
4.取り組みの狙い(佐藤都喜子学科長)