スーパーアドバンストPBLプログラム『PBL Literacy』
常に挑戦する「オンサイト」型の国際教養教育
ジャーナリストとのコラボレーションによる「リテラシー」能力の開発

発信力を高める文章講座

2.学生の作品


現代国際学部 国際教養学科 馬嶋 美月

取材を通して学んだこと 【第6稿】

今年の夏、ゼミでドキュメンタリー映像を作成するために、愛知県名古屋市の栄にあるイベント会場で開かれた世界コスプレサミットに取材に行ってきた。日本アニメのコスプレのチャンピオンを決めるために日本に集まった35の国と地域の代表コスプレイヤーにゼミ生8人全員が“メディア関係者”の名札をつけて、話を聞いてまわり、交流する姿やドキュメンタリー映像に使用する映像資料を撮影した。
テレビ局で働くプロのカメラマンやレポーターなど、他にもたくさんの取材陣が来ていた。私たちは技術では負けても他の部分では負けないように、学生の私たちにでもできる限りのことをしようと決めた。取材日ギリギリまで日本のコスプレ文化やアニメをとことん調べあげ、当日は誰よりも場所取りを一番に入った。
チャンピオンが決まる大事なステージ撮影の前、メディア関係者の列の先頭に並び、開場とともに場所取りが始まった。すると突然私達よりもはるかに大きなカメラを担いだ男の人が小走りで抜かしていった。彼はフランスのテレビ局のカメラマンで、スキンヘッドに筋肉質でノースリーブ。その両腕にはタトゥーが彫られていた。
勇気を振り絞って「私達の方が先に並んでいましたよね?」「どうして順番を抜かすんですか?」と英語で話しかけた。すると彼は「俺は毎年ここにきている」と言った。しまいには、「なにそのカメラ、ちっちゃ」と私達のカメラをけなされた。「学生だからしょうがないでしょ!」とっさにでた言い訳がこれだった。
学生“だからこそ”頑張ろうと努力していた私達だったが、やはり所詮学生の立場では現場では何の権限もないと感じた。とても悔しかったが諦めて、彼の隣にカメラを置いてステージの撮影をした。
ステージ撮影が終わり、会場の外で、チャンピオンに輝いた中国代表の囲み取材の前になると、カメラやマイクの位置や取材の流れなどを決める取材陣同士の話し合いが始まった。その場にはもうフランス人カメラマンはいなかった。日本のテレビ局の方々は私達が真剣に撮影をしていることに感心してくれていたのか、「学生さん達はどう撮るの?」と聞いてくれた。しかし私達は、自分達は学生であるということを自覚し、遠慮して「みなさんの邪魔にならないところで大丈夫です」と答えた。すると「私達にも撮らなければならないものがあるように、あなた達にも撮らなければならないものがあるでしょう」「協力しようよ」と言ってくれた。囲み取材が終わった後も、親切に撮影のコツなどを教えてもらった。とても嬉しくて私達は半泣きで彼らにお礼を言った。
  取材にいく前は、いい映像が撮れたらいいねという心持ちだったが現場はそんなに甘くなかった。社会の厳しさを目の当たりにした。仕事をするということは、常に勝負であること。実際の現場は弱肉強食の世界だった。しかし、その中でも助けてくれる大人はいた。人によって考え方は違い、仕事の仕方も違う。その中で自分たちのすべきことを精一杯する大切さを知った。これはまだ私達が学生“だからこそ”経験できた事だと思う。

【第1稿】

私が所属するゼミは、卒業論文の代わりにゼミ生全員でひとつのドキュメンタリー映像を作成する、メディア系のゼミである。ドキュメンタリー映像を作成するにあたって、企画から交渉、取材、編集まですべてゼミ生8人で行う。私たちは前期中に企画、交渉を終え、夏休みに取材に行ってきた。
取材対象は今年で15周年を迎える世界コスプレサミットである。30カ国以上の国と地域の代表コスプレイヤー達が名古屋・栄に集結し、コスプレのグランドチャンピョンを決めるイベントである。もちろん、代表コスプレイヤー以外にも一般コスプレイヤーも日本各地、世界各国から集まり、コスプレを通して交流を図ることができるイベントになっている。
いざ取材場所に行くと、世界的に有名なイベントなだけあり他の取材陣の多さに圧倒された。中には、私が普段からよく見ている有名なテレビ番組のアームバンドをしたカメラもいた。10日間に渡る取材を私たちはプロのテレビ局、新聞社、各メディアの方々と共にしたのだ。取材の大変さは想像を絶するものだった。真夏の太陽の下でカメラを担ぎ、汗を流しながら走り回った。取材終盤になるとひとりが体調を崩すほどの過酷さだった。
取材が終わり1ヶ月以上経ち、あのテレビ番組でついに世界コスプレサミットの放送があった。私はあの長い取材をどのように編集するのか楽しみにしていた。しかし、放送をみて私はとても驚いた。10日間のうちの1日で撮った映像を20分ほどにまとめられて放送されたのだ。私は放送されたシーンよりもっとたくさん彼らはカメラを回していたことを知っている。カメラマンさんやインタビュアーの方は私たち以上に走り回っていた。
普段何気なく見ているテレビ番組には視聴者の立場では想像もできないような努力と苦労を膨大な時間をかけて裏でしている人がいるということを知ることができた。私はテレビ番組に限らず、社会全体の仕組みがそうなっているのだと思った。自分が普通だと思っていることは、誰かが一生懸命普通にしてくれているのだ。私は会社に就職する前に、社会を形成する歯車の一部になる前に、このことを身を以て体験することができてよかった。

【第1稿への講評】

 文章はしっかりしていると思いますが、あなたの「記憶に残った体験」が全く書かれていません。
 あなた自身の取材については、<取材の大変さは想像を絶するものだった。真夏の太陽の下でカメラを担ぎ、汗を流しながら走り回った。取材終盤になるとひとりが体調を崩すほどの過酷さだった。>と書いているだけですが、<取材の大変さは想像を絶するものだった。>には全く中身がなく、<真夏の太陽の下でカメラを担ぎ、汗を流しながら走り回った。>も、まったくステレオタイプの表現、常套句で、あなたたちが特別そうではないでしょう。<取材終盤になるとひとりが体調を崩すほどの過酷さだった。>も、スタッフの一人が体調を崩したことは分かりますが、読者にはどのように体調を崩したかは分かりません。つまり、あなたの取材体験については何も具体的に文章化されていないのです。
 前半はビデオ作製やコスプレ大会、大会に集まった取材関係者の説明で、あなたの体験は、何もありません。取材について記述は、先に書いたように空虚で、最後の2つの段落は、あなたたちのグループがつくった作品のことではなく、その会場に来ていたテレビチームがとった番組についての紹介と感想です。
 あなたが書いていることが、あなたの体験を記述するという課題とは、かけはなれたところにあることはわかるでしょうか。この文章はなかったことにして、最初からあなたの体験を書くしかないでしょう。

※論理的にはしっかりとした文章だが、体験の中身は何も書かれておらず、<大変さは想像を絶する><体調を崩すほどの過酷さ>など形容詞によって大変さを表現するが、それは読者には伝わらない。この文章は、それなりに文章を書くことができる学生たちの文章の典型ともいえる。要するに、発信者として何かを伝えようとする文章ではない。修正することによって、体験の具体的な場面が文章化され、読者にも体験の中身が見えるようになった。

 発信力を高める文章講座


1.情報発信者を養成する文章講座の取り組み(川上泰徳)
2.学生の作品
 2-1.言葉のないコミュニケーションから学んだこと
 2-2.諦めないこと
 2-3.「伝える」コミュニケーション
 2-4.オーストラリアでの失敗から得た教訓
 2-5.弟の職業体験から考える賃金格差
 2-6.私が感じた情報格差
 2-7.楽しい世界の造り方
 2-8.「二度の受験を乗り越えて」
 2-9.傷ついて知ったこと
 2-10.旅から学んだこと
 2-11.ホストマザーとのコミュニケーション
 2-12.セックスワーカーの女性たち
 2-13.取材を通して学んだこと
 2-14.日本とインドネシアの架け橋
 2-15.「コミュニケーションが与えるもの」
 2-16.百崎先生との大学受験
 2-17.国境を越えるコスプレ文化との出会い
3.参加者の声
4.取り組みの狙い(佐藤都喜子学科長)