スーパーアドバンストPBLプログラム『PBL Literacy』
常に挑戦する「オンサイト」型の国際教養教育
ジャーナリストとのコラボレーションによる「リテラシー」能力の開発

発信力を高める文章講座

2.学生の作品


現代国際学部 国際教養学科 古賀ユミ

ふでばこが教えてくれたこと 【第11稿】

私は日系ブラジル人の両親を持ち、ブラジル生まれで2歳から日本に移住した。9歳の時に1年間だけブラジルのサンパウロ州にある田舎の学校に通うことになった。私が初めてブラジルの学校に通った2日目、ブレイクタイム後に教室へ戻ると、机の上に置いておいた「ふでばこ」がなくなっていた。
ブレイクが終わり、 「じゃあまた授業が終わったら話そうね〜」現地のクラスメイトと一緒に教室に戻った。教室のドアはすでに開いていて次々と生徒たちがそれぞれの教室に入っていた。私も彼らに続いて教室へと向かった。席に着き、「ふでばこ」が無いことに気づいた。ふでばこはビニールの張った弾力のある長方形で、薄ピンクの背景に白いふわふわとした可愛らしいウサギが3匹描かれたものだ。
いつ、どうしてなくなったのだろう。そう自分に問いながら、一生懸命思い出そうと記憶を辿ってみる。しかし、私は授業後に「ふでばこ」を自分の席の机の上に置いて次の授業に備えてから教室を出たのだ。「誰が盗ったの?」と先ずは人を疑って周囲を見回した。「どうしよう…」と頭の中で焦りながらも仕方なく私は黙り込んでしまった。転校して2日目で友達をつくろうとしていた時で、友達を疑い、犯人探しをしたら誰かを敵に回す事が怖かったからである。
そこで私は、持ち物を確認しても「ふでばこ」が見つからないので、授業が始まる直前、隣の席の女の子に鉛筆を借りることにした。「これ使っていいよ!」とても優しい子がいるのだと思えてホッとしたが現地のクラスメイトを疑ったままであった。もやもやした気分のまま再びボーッと周囲を見回す。すると自分の今いる環境が今までの環境と全く異なる場所であることに気づいた。前の席の男の子は床に鉛筆の削りかすを当たり前かのように捨てている。そして廊下を掃除するおばちゃん。そんな日本の小学校では考えることのできない事であふれていた。
夕食の良い匂いがする家に帰るとすぐに「お母さん、私のふでばこが無くなっちゃったんだけど…どうしよう」と助けを求めるように料理の下ごしらえをしていた母に話した。すると、「珍しいものだから盗られても仕方がないか…」とあまり驚いた様子もなく、トントンとまな板の音を響かせながら平然と答えられる。「なんでそんなこと言うの?ここでは当たり前なの?」と私はさらにショックを受け、慰めの言葉1つさえ貰えなかったことも虚しく泣いてしまった。結局「ここは日本と違って警戒していても盗られる事が多いから仕方ないと思って諦めた方がいいの」と母に説得させられ、自分の部屋に戻った。
夕飯の準備が整い、私はリビングへ向かった。「2日目でふでばこが狙われたか〜」と軽く話す母を目の前にして「そうみたいだね」と冷静になり、共に夕食を食べ始めた。「そんなみんな気になってたのね、日本ではみんな持ってるのにね〜」と言われ、前日の学校での出来事を思い返した。すると、初日に声をかけてくれた子達は皆私の「ふでばこ」に興味津々で、「これ鉛筆削りもくっついてるの!すごい!」そんな会話をしていた。全ては私と母の憶測だが、物珍しくてかっこいいものに見えたのかもしれない。だから今回は見逃そうと思い、今後気をつけようと自分に言い聞かせた。
私にとって、大切な「ふでばこ」はどこかへ消えてしまい、 更に母があまりにも冷静な態度であったことは大きなショックであった。一方で、それらの出来事を通して自分の知らない「当たり前」を学ぶ体験をした。「ふでばこ」を通した一連の経験は、些細なことではあるが、すぐに人に頼らず自分で問題対処の努力をする大切さを教えてくれた。海外で異文化を経験し、驚く事、学ぶことは沢山あるがこの記憶に残る体験は今でも役に立っているものとなった。

【第1稿】

 日本で小学校一年生を終え、翌年から私は一年間ブラジルの小学校に通うことになった。そんな8歳の頃に私のお気に入りのピンクのウサギの描かれた「ふでばこ」がある日無くなった。私は日系ブラジル人であり、ブラジルで生まれ、出稼ぎのために来日した両親と共に2歳から日本で生活をしている。
ブラジルの小学校へ通う初日、母に連れられ登校し、担任の先生と共に教室へ入った。約20人のクラスメイトの前で緊張しながらも流暢なポルトガル語で自己紹介をし、授業に参加した。そして休み時間になると緊張しきっていた私の元に興味津々な様子で数人が集まってきた。「どうして日本語とポルトガル語が話せるの?」「そのふでばこすごい!」そのような言葉を交わし、少しずつ打ち解けていった。家では家族にその日の出来事を嬉しそうに話し、一年間通うことになった学校での生活を楽しみにした。
ところが、その翌日、お気に入りの「ふでばこ」がなくなったのだ。それは日本の小学生が一般的に使う両面開きで鉛筆削りがついた長方形で、私からすると特別なものではなかった。そこで母に相談すると、「珍しいものだったから盗られても仕方ない」と言う。確かに現地の子供にとっては見たことの無い高機能でかっこいい「ふでばこ」であったのかもしれない。幼い頃から少し変わっている事を多く経験していた為、仕方がないという感覚を理解することは容易であった。
しかし、期待に胸を膨らませていた矢先の出来事であっただけにショックは大きく、何故無くなったのか未解決のままで終わった。いじめられるのではないかと心配もされたが、幸いにも友達と過ごす時間はとても楽しくみんなの輪の中にいることができた。
自分のお気に入りの物が誰かに盗まれたのかもしれない経験は嫌な経験であろう。だが、私は当たり前だと思い込んでいることがそうでなかった事の衝撃の方が勝ったことが鮮明に記憶に残っている。

【第1稿への講評】

 筆箱がなくなったという体験ですが、なくなったことについては<翌日、お気に入りの「ふでばこ」がなくなったのだ。>とだけ書いてあって、いつなくなったと気付いたのか、気付いてどうしたのかなど、なくなった時の状況が書かれていません。なくなったと分かった後、あなたはどうしたのですか。黙ったのですか、それとも先生に言って、何か表立った騒ぎになったのですか。両親や友人に、そのことを伝えたのですか、どのようなやりとりがありましたか。お気に入りの筆箱がなくなったという経験を書くならば、その体験を再現しないと、文章では伝わりません。

【指導の要点】

 筆者にとって「記憶に残った経験」は、ブラジルの小学校に転校した翌日に教室でお気に入りのふでばこがなくなるという出来事であるが、第1稿ではその経験は、ショックを受けたエピソードとして出てくるだけで、体験そのものは再現されていなかった。体験として再現するように指導した。
ブレイクタイムが終わり、教室に戻ってみると、机の上に置いていたふでばこがないことに気付くという場面を、自身の体験として丁寧に再現することで、お気に入りのふでばこがなくなった困惑は文章から伝わってくる。さらに、学校に転校したばかりで、友達をつくろうとしている時で、ふでばこがなくなったことを表沙汰にしたくないという心の動きもリアリティを持って文章から伝わってくる。
ふでばこがなくなったという学校での出来事だけでなく、家に帰って母親との会話が再現されたことで、ふでばこがなくなったことを巡る問題がより深まっている。理屈や説明を重ねても問題やテーマは深まらないが、一つの体験に対して、さらに別の体験を重ね、突き合わせることによって、体験の別の側面や意味が見えてきて、筆者の中での問題意識の深まりが見えてくるという例である。
 ブラジルという日本とは異なる場所での出来事であり、説明だけでリアリテイィを持たないが、最終稿では自身の体験として再現され、読者が共感できる文章になった。

発信力を高める文章講座
1.体験の「場面」を再現するということ(川上泰徳)
2.学生の作品
 2-1.バリ島の孤児院でユニタとの出会い
 2-2.タイの子供達との「アルプス一万尺」
 2-3.雪山で出会った人々の温かさに気づかされたこと
 2-4.サービスという仕事
 2-5.15分が教えてくれた、”当たり前” の難しさ
 2-6.ふでばこが教えてくれたこと
 2-7.兄妹の心の壁を壊した結婚式
 2-8.ニューヨークでの苦い思い出
 2-9.学童キャンプで子どもたちから学んだこと
 2-10.よさこいで破った殻
 2-11.主役を演じて芽生えた沖縄県民としての自覚
 2-12.挑戦し続けることで人間の可能性は変えられる
 2-13.私と人を繋ぐ就職活動
3.取り組みの狙い(佐藤都喜子学科長)
 
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