スーパーアドバンストPBLプログラム『PBL Literacy』
常に挑戦する「オンサイト」型の国際教養教育
ジャーナリストとのコラボレーションによる「リテラシー」能力の開発

発信力を高める文章講座

2.学生の作品


現代国際学部 国際教養学科 小関美穂

雪山で出会った人々の温かさに気づかされたこと 【第11稿】

私は、台拭きを腰から下げ、汚れた食器やトレイを運びながら、「すみません、通してください」と何度も声を張り、眉間に皺を寄せ、席が空くのを待つスキーヤーの間を縫うように進む。米国のコロラド州のスキーリゾートのレストランでインターンシップを始めてから早3ヶ月。この頃の私は、美しい山々を見ながら、毎朝「今日も仕事かー」とぼやき、眠い目を擦りながら通勤していた。
私の大学には、米国の学校に半年通ったのち、日本国外のマネージメントや接客スタイルを学ぶために米国のサービス業界でインターンシップを半年行う一年間の留学のプログラムがある。私はこのプログラムに参加していた。出発の一年前から始まった選考の面接や小論文作成などを乗り越えて、やっと掴んだ大学生活の目標の一つだった。私は日米のサービス比較を通して、顧客満足を目指す上で自分自身に出来ることは何なのかを探りたかった。
2月上旬のコロラドの山々は雪化粧をしている。その日、朝から雪が降り積もり、全世界から上質な雪を求めてやって来た人々で、300席ほどあるレストランに空いている席はなかった。昼が過ぎても注文カウンターには長蛇の列。大人気のラーメンはすでに品切れだ。
客の間をすり抜けて、何枚も重ねたトレイの上に、さらに食器とフォークやスプーンを乗せて抱えた。私は人の波に呑まれて、食器を片付けようにもなかなか進めない。「さっさと食べて、滑りに行ってよ」と思いながら、無理やりに人々の間を抜けた。あちらこちらのテーブルに散らかる食器やトレイを見るたびに「はあ」とため息が出た。
食器を載せた6枚のトレイを抱えた腕が重さで小刻みに震える。一度どこかに置こうと少し立ち止まり、短く「ふう」と息をついたら、力がすっと抜けて、両手で持っていたトレイとその上の食器がそのままくるっとひっくり返った。「あ」と思ったのは、「ガシャン」と食器とトレイのぶつかる音がした後だった。黒い台形のトレイの塊、フォークやスプーン、そしてパンくずがのっていた白の丸皿たちが足元に散らばっている。
「ああ、やってしまった。拾わないと」すぐにそう思ったのに、体は動かなかった。私は、テーブルの群を抜けた窓沿いの開けたエリアで立ちすんだまま足元を見ていた。数秒経ってから、慌てて落ちているものを拾おうと屈んだ。その時だった。
見つめていた床に影が落ち、皺のある華奢な手が丸皿を拾った。よく訪れるアメリカ人の年配の女性だった。「いつも働いてくれてありがとう。貴女の笑顔が好きよ」と、彼女は微笑んだ。何も言えずに食器を受け取ろうとすると、今度は小さな手が横から伸びてきて丸皿を拾った。「わたしも」高く可愛らしい声がした。この山のスキースクールに通う少女だった。
「…ありがとうございます」少し間があいて私の口から出たのは囁くほどの小さな声だった。ミスをした私に声をかけて、手を貸してくれた彼女たちの温かい優しさに涙が溢れ、食器を拾っている間、ずっと手元がよく見えなかった。
あの時の私のミスはお客様に叱咤を受けてもおかしくはなかったが、「客」という立場を超えて、「従業員」の私に手を差し伸べ、優しい言葉をかけてくれた温かい人たちがいた。私は、気づかぬ間に私を見守り、困った時には助けてくれる人たちのと繋がりの重要性を身をもって実感した。そして、温かな彼女たちの存在が、人と人との繋がりには、年齢や立場の壁がないということを教えてくれた。サービス業界では人をお客様と従業員に分類しがちだが、その境界を越えた人の繋がりを生み出すのが、本当のサービス業界の素晴らしさではないのかと感じた。

【第1稿】

二月上旬のコロラド州の山々は、まるで雪化粧をしているかのように美しかった。特段雪のよく降る寒い日に、私はいつものように忙しく動き回っていた。スキーリゾートの山の上に建つ私の働くレストランは、その日も大盛況であった。ただ、度を越えた忙しさと、ホールで働く人の少なさに、自分が周りの何倍も働かなければレストランが回らないのではないかとかなり焦っていた。プレッシャーに押しつぶされそうだった。
仕事を始めたときの新鮮な気持ちや、好奇心、そして働く楽しさを忘れ、毎日の出勤が作業のように感じていた頃であった。笑顔も少しずつ消えていた昼過ぎ、私はお客様の前で食器ののったトレーを大胆にひっくり返した。トレーを何枚も重ね、その上に下げた食器を山積みにしていたのだが、私は焦りからバランスを崩してしまった。
床に散らばる、トレーと食器たち。一瞬、自分でも何が起こったのかわからずに、ただただその光景を見つめていた。落としたのは全てプラスチックの食器だったので、割れている食器がなかったことに加え、誰にも被害が及ばなかったことは不幸中の幸いだったのだと思う。その場にいたお客様の視線が集まる中、私は散らばったものを拾おうとした。
その時だった。私ではない、誰かの手が伸びてきて、食器を手渡してくれた。レストランによく訪れる、アメリカ人の年配の女性だった。「いつも働いてくれてありがとう。貴女の笑顔が好きよ」彼女は微笑みながら、私に声をかけた。何も言えないまま、手渡された食器を受け取ろうとすると、今度は食器を持った小さな手が横から伸びてきた。「わたしも」小さな手と可愛らしい声の持ち主は、この山のスキースクールに通う少女だった。
私には、囁くほどの声で感謝の言葉を述べることしかできなかった。どうやら私はよっぽど堅い顔をしていたらしい。忘れかけていた、この土地の人の温かさに触れた気がして、涙が出そうだった。

【第1稿への講評】

 「記憶に残った体験」の<場面>を描こうとしていることは評価できます。その場面も伝わって来ます。
 その場面が出てくるのは、第3段落と第4段落です。第1段落と第2段落は、説明になっているので、冗漫です。アルバイト先のレストランで運んでいたトレイをひっくり返した時、客さんが助けてくれたという場面なのですから、もっと早い段階で、その場面に移る工夫をしなさい。説明が先ではなく、場面を記述して、必要な説明を後でいれればいいのです。
 あなたの記憶にある場面が、この文章で再現されているかどうかを考えましょう。いまの文章では、場面の情景は浮かび上がりません。読者が情景として思い描くためには、もっと具体的な情報が必要です。トレーというのは丸ですか、四角ですか。何色ですか。<食器>というのはどういうものですか。ナイフとかフォークも散らばったのですか。食べ残したものも床に広がったのですか。
 <レストランは、その日も大盛況であった。ただ、度を越えた忙しさと、ホールで働く人の少なさに、自分が周りの何倍も働かなければレストランが回らない>というのは、描写のように書かれていますが、実は描写ではなく、あなたが<大盛況>だと思い、<度を越えた忙しさ>と思い、 <ホールで働く人が少ない>と思い、<自分が周りの何倍も働かなければ>と思ったということで、すべてあなたの<思い>なので、読者には、あなたがそう思ったことは分かりますが、実際にはどうなのかは分からないのです。読者があなたの文章を読んで<大盛況なんだな>とか<度を越えた忙しさだな>とか、<ホールで働く人が少ない>とか、<あなたが何倍も働いている>と思うように、場面を再現すれば伝わるでしょう。場面を再現するのに、どのくらいの広さのレストランで、テーブルがいくつくらいあって、何人くらいが入っていて、そこで何人がフロアーで働いているかというデータを入れて、忙しい時の場面を文章化しなければならないでしょう。
 課題はたくさんありますが、少なくとも体験の場面が明確なので、スタートラインに立っている文章だと思います。

【指導の要点】

 第1稿から書きたい体験が明確となっている文章だった。課題は、自身の体験を説明ではなく、体験の場面の再現として記述することだった。この文章は講座が目指している自身の体験を再現して伝えるという目標を実現しているだけでなく、文章の修正の過程で、体験が持つ意味に対する理解を深めて、テーマに結び付けることに成功している。つまり、食器を床に落とすという予期せぬ出来事で、客から助けられ、温かい声をかけられるという体験から、サービス業での就業研修も3カ月を過ぎ、働くことがルーティン化するなかで、サービス業の在り方を探るという当初の思いも薄れていった自分に気付き、客との関係をつくるというサービス業で働く意味を見いだすことにつながっている。
 この作文の前にある「タイの子供達との『アルプス一万尺』」の文章で、体験を再現することで、その体験の場で関わった孤児院で暮らす子供たちの問題が見えてくるように、個人の体験についても、その体験の背後にある問題をより深く理解することになるということが分かる。

発信力を高める文章講座
1.体験の「場面」を再現するということ(川上泰徳)
2.学生の作品
 2-1.バリ島の孤児院でユニタとの出会い
 2-2.タイの子供達との「アルプス一万尺」
 2-3.雪山で出会った人々の温かさに気づかされたこと
 2-4.サービスという仕事
 2-5.15分が教えてくれた、”当たり前” の難しさ
 2-6.ふでばこが教えてくれたこと
 2-7.兄妹の心の壁を壊した結婚式
 2-8.ニューヨークでの苦い思い出
 2-9.学童キャンプで子どもたちから学んだこと
 2-10.よさこいで破った殻
 2-11.主役を演じて芽生えた沖縄県民としての自覚
 2-12.挑戦し続けることで人間の可能性は変えられる
 2-13.私と人を繋ぐ就職活動
3.取り組みの狙い(佐藤都喜子学科長)
 
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