スーパーアドバンストPBLプログラム『PBL Literacy』
常に挑戦する「オンサイト」型の国際教養教育
ジャーナリストとのコラボレーションによる「リテラシー」能力の開発

発信力を高める文章講座

2.学生の作品


現代国際学部 国際教養学科 田中莉咲子

バリ島の孤児院でユニタとの出会い 【第10稿】

 2018年の夏休みに名古屋の旅行会社が主催する海外ボランティアツアーに参加した。インドネシアのバリ島で全8日間のうち、4日間をヌガラという場所にある孤児院に宿泊し、子供達と毎日全力で遊んだ。夕食の時間、孤児院の食堂ではあちこちから楽しそうな子供達の笑い声が聞こえて来る。孤児院初日で緊張していた私の目の前の席にこんがりと日に焼け、茶色い肌をした少女が腰掛けた。目が合うと微笑みながら私に手を振った。
 
彼女は口角を上げたまま私に話しかけた。しかし、インドネシア語に耳が慣れていなかった私は彼女の早いインドネシア語を聞き取ることができず、何か話そうと口は開いたものの何も話すことなく黙り込んでしまった。そんな私に彼女はグッドサインを手で作り、「ダイジョブ!」とカタコトの日本語で言った。
 
彼女は自分の胸に右手を当て「ユニタ」と言い、左手の人差し指を立てて“1”を作った。それに続いて3本の指を立てて私に見せた。「私はユニタ、13歳」と自己紹介をしたのだとその時初めてわかった。私も自分の胸に右手を当て、ゆっくりと「りさこ」と言い、右手の2本を立て、続けて人差し指を立て“1”を作った。彼女は私の自己紹介を理解してくれ、満面の笑みで私の名前を何度も呼んでくれた。
 
出会ったその時からユニタと私は寝る時以外いつでも一緒だった。中でも毎日の夕食後のフリータイムでは私の宿泊していた部屋の外にある木製のベンチに座って音楽を聴いたり、折り紙を折ったりして過ごした。
 
一緒に折り紙を折っている時に「ペンを貸して欲しい」とユニタに言われ、持っていたボールペンを渡すと、ユニタはピンク色の折り紙で折ったハートに英語で「ユニタ+リサコ」と書いて、笑顔で私の手の上に乗せてくれた。ユニタが私のためにしてくれたことがとても嬉しかったので、私も紫色の折り紙で折ったハートに英語で「私の可愛い妹へ♡ りさこより」と書いてユニタに差し出した。すると彼女はそれを両手で持ち、彼女の頰にすり寄せた。そんな彼女の姿を見て、私の心は毛布で包まれたかのように暖かくなった。
 
ユニタとの楽しい時間は光のような速さで過ぎ、あっという間に別れの日がやってきた。その日、ユニタは細い腕を自分よりも少し高い私の腰に回し、三段に積み重ねられた木製のロッカーがずらりと並んだロッカールムに私を案内した。到着すると腕を解き、一番下の段にある自身のロッカーから一枚の写真を取り出し、私に見せてくれた。
 
写真にはユニタと両親、そして二人の姉妹が写っていた。二人の姉妹を指差し、「ワーキング イン ヴィラ(ヴィラで働いているの)」と言い、続けて「ノット マッチマネー、アイム ヒア(十分なお金がない、だからここにいる)」と彼女の使える精一杯の英語で話してくれた。ユニタは家庭の経済的な事情で家族と住むことができずに孤児院にいるのだとわかった。
 
ユニタの顔は笑顔ではありながら、床の方に向いた目線や少し丸まった小さな背中からは寂しさを感じた。そんなユニタはしゃがんで写真を自身のロッカーの中に戻すと、その中を指差し、私に手招きをした。私もしゃがんでロッカーの中を覗き込むと、家族写真の隣には前日の夜に私が彼女にあげたピンク色の折り紙で折られたハートのお手紙が飾ってあった。
 
ユニタは「りさこは私のお姉ちゃんよ。私のことを忘れないでね。いい?」と私の顔を覗き込むようにして言った。次の瞬間私の目から一粒の涙がこぼれ落ち、無意識にユニタのことを抱きしめていた。すると彼女も私を「ぎゅっ」と抱きしめてくれた。二人の間に生まれた絆を感じた。
 
私はユニタとの出会いを通して言葉が通じなくても、思いを伝えようという気持ちを強く持って、互いに歩み寄ればどんなに短い時間でも人と人との間に絆が生まれ、つながることができるのだと身を持って体感した。人見知りな性格の私は、会ったばかりの人と話すことがとても苦手だった。しかし、この出会いは心を閉ざさずに思いきって人と関わろうと考えられるようになるきっかけとなった。

【第1稿】

 私は夏休みの8日間海外ボランティアツアーで、バリ島に行き、そのうち4日間をヌガラにある孤児院で過ごした。私はボランティアも、英語圏でない国に行くのも初めてだった。
 
孤児院に到着するまでの間、私は「言葉が通じない子供達とどのようなコミュニケーションの取り方をしたら仲良くなれるのだろう」という不安でいっぱいだった。
 
到着後「オリエンテーションがあり、その後2時間程自由時間があった。その間私は子供達と孤児院近くのグラウンドで遊んだ。その際、ある子と話したのだが、事前にインドネシア語で練習をしていった「何歳なの?」とか「何年生?」などの会話をし終えると、会話が止まり、長い沈黙が生まれてしまった。私はその沈黙をどうすることもできなかった。そんな私を見かねたその子は、近くにいた友達のもとへ行ってしまった。私はどうにも行動を起こせなかった自分に悔しい気持ちでいっぱいだった。
 
その後、孤児院に戻ると夕食の時間になった。子供たちと一緒にご飯を食べるため、私は夕食前の出来事から不安でたまらなかった。そんな私の隣にユニタという少女が座り、私に話しかけてくれた。私が彼女の言いたいことをなかなか理解できず困っていると笑顔で「大丈夫よ」と言い、身振り手振りを添えて一生懸命に伝えてくれた。すると完全には分からなくともなんとなく彼女の伝えたいことが分かるようになった。そんなユニタの姿に心打たれ、私も英語と日本語で、身振り手振りを添えて話したところユニタもなんとなく私が伝えたいことを分かってくれているようだった。私はとても嬉しかった。
 
最終日、ユニタが私に「りさこは私のお姉ちゃん。私のことを忘れないで」と言ってくれた。二人の間に絆が生まれていたのを感じた。言葉が十分に伝わらなくても伝えようとする強い気持ちと姿勢から強い絆は生まれるのだということをユニタから教わった。

【第1稿への講評】

バリ島で孤児院での海外ボランティアツアーに参加した時の1人の少女とのふれあいを書いたのは良いと思います。
ただし、ユニタという少女が出てくるまでの記述と説明は不必要です。必要ならば、ユニタとのふれあいの話の補足として入れればいいでしょう。
<私は夏休みの8日間海外ボランティアツアーでバリ島に行き、4日間を過ごした孤児院でユニタという少女に出会った。>という書き出しでいいのです。この文章では体験の中身というのは、それしかないのです。
どんな孤児院か、どんな場所にあるのか、何人ぐらいがいるのか、あなたがボランティアは初めてだったというような説明は、あなたの体験を記述する中に入れていけばいいのです。
あなたの文章の山場は<なんとなく彼女の伝えたいことが分かるようになった。>というところですが、あなたには分かっても、読者には少女の伝えたいことは何も分かりません。つまり、<なんとなく彼女の伝えたいことが分かるようになった。>というのはあなたの<思い>であって、あなたの体験そのものではないのです。<なんとなく彼女の伝えたいことが分かるようになった。>というあなたの体験の中身を再現して、読者も、<少女の伝えたいことが分かるようになった>と思えば、あなたの体験は読者に伝わったことになります。

【指導の要点】

この文章は海外ボランティアで孤児院を訪れた体験を扱っている。第1稿から筆者の記憶に残った体験がユニタという少女との出会いだということは文章になっていたが、その経験が文章の中心になっておらず、少女との間でどのような関わりがあって、「私のお姉ちゃん」とまで言われるほど親しくなったかは記述されていなかった。文章の結論で「強い絆」と書いても、言葉だけに過ぎなかった。
 
第10稿にいたる修正の過程では、細かい動作にいたるまで、体験を再現し、文章を読んだ読者がイメージできるように書くように繰り返し注文を付けた。その結果、筆者は漠然とした記憶で文章を書くのではなく、改めて自分とユニタとの関わりの場に自分を置いて、その体験をしっかりと再現することになった。その結果、筆者とユニタという少女の体験は出会いから別れまでのいくつかの場面として文章で再現され、印象的な文章となった。その結果、「絆」が生まれたことが伝わってくる文章にもなった。

発信力を高める文章講座
1.体験の「場面」を再現するということ(川上泰徳)
2.学生の作品
 2-1.バリ島の孤児院でユニタとの出会い
 2-2.タイの子供達との「アルプス一万尺」
 2-3.雪山で出会った人々の温かさに気づかされたこと
 2-4.サービスという仕事
 2-5.15分が教えてくれた、”当たり前” の難しさ
 2-6.ふでばこが教えてくれたこと
 2-7.兄妹の心の壁を壊した結婚式
 2-8.ニューヨークでの苦い思い出
 2-9.学童キャンプで子どもたちから学んだこと
 2-10.よさこいで破った殻
 2-11.主役を演じて芽生えた沖縄県民としての自覚
 2-12.挑戦し続けることで人間の可能性は変えられる
 2-13.私と人を繋ぐ就職活動
3.取り組みの狙い(佐藤都喜子学科長)
 
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