スーパーアドバンストPBLプログラム『PBL Literacy』
常に挑戦する「オンサイト」型の国際教養教育
ジャーナリストとのコラボレーションによる「リテラシー」能力の開発

発信力を高める文章講座

1.体験の「場面」を再現するということ


川上泰徳

「発信力を高める文章講座」は2年目となった。この冊子に収録したのは受講生18人のうち、最後まで残った13人の文章である。最終稿はいずれも10回前後の修正を加えたもので、昨年度の冊子に劣らない高いレベルの文章になったと、講師としてうれしく思っている。

 

授業は昨年度と同様、初めに「私の記憶に残った体験」を800字で書いてメールで提出させることから始まった。提出された「体験」は、この冊子に収められた文章を見れば分かるように、多様である。講師である私は、一人一人に、その文章の問題点を指摘するメールを返信する。私は中東ジャーナリストとして夏から秋にかけての半年を中東に滞在しているため、私が日本に戻っている1月の2回の集中講義を除いて、私と受講生のやりとりはすべてメールによるオンラインで行われる。

 

私は受講生一人一人の文章に返信し、週一回、私の講義メールと合わせて、その前の週に来た全員分の文章と私の講評を集めて、一斉メールで全員に送る。受講生は自分が書いた文章について私の指摘を受けるだけでなく、全員分の作文に対しての私の講評を見ることになる。各受講生は私の指摘を受けて、修正した文章を送り、私はさらに講評する。それを13週繰り返す間に、各受講生は同じ文章について、10回前後の修正を重ねることになる。

 

一つの文章で、それほど修正することがあるのか、と思うかもしれないが、「記憶に残った体験」を文章だけで、体験を共有しない読者に伝えるのは簡単なことではない。4、5回修正しても、ほとんど伝わる文章にはならず、7回、8回でやっとどのような体験だったかが伝わってくる。この冊子では、受講生の最終稿の後に、第1稿と、それに対する私の講評を掲載している。第1稿から最終稿にいたるまでに10回や11回の修正があったということである。

 

私が講評で指摘する問題点は、受講生が書いている「体験」が、文章を読んでも伝わってくるかどうかである。私が読者として文章を読んで、筆者の体験をイメージできなければ文章が伝わったとは言えない。この冊子の最終稿を読むならば、どのような経験をしたが、まるで筆者の横にいるように見えてくるだろう。冊子の文章は、私が添削をして直した文章ではなく、学生たちが手探りでたどりついた文章である。第1稿と最終稿との違いは一目瞭然である。

 

文章で体験を再現するということはどういうことかを示すために、受講生への一斉メールで、私が書いた講義メールの一部を紹介しよう。かわいがっていた猫が死んだ体験を書いた文章について、3つのパターンをあげている。

 

①今年の1月、かわいがっていた猫が死んだ。1年前に捨てられていた子猫に「ホタル」と名前をつけて飼い始めた。ホタルはすぐに家族の一員となった。その猫が急に元気がなくなったので、動物病院に連れて行ったところ、「猫白血病の末期」と診断された。最期までできるかぎりの手を尽くしたが、すでに手遅れだった。病気の診断から1週間ほどでホタルは意識がなくなり、心臓発作を起こして死んでしまった。

 

②今年の1月、かわいがっていた愛猫のホタルが死んだ。いつも元気だったホタルの異変に気付いて、病院に連れて行った時は手遅れだった。猫白血病の末期という非情な宣告に目の前が真っ暗になった。なぜ、もっと早く病気に気付いてあげられなかったかのかと自分を責めた。それから私は祈るような気持ちでホタルの看病を続けた。一時は容体が回復し、希望が見えたこともあった、しかし、それもすぐに落胆に代わった。ホタルの壮絶な死を目の当たりにして、私の心にぽっかりとうつろな空間が生まれ、世界が灰色に変わってしまった。家族の一員を失ったというよりも、自分の一部がなくなったような言葉にならない喪失感に襲われた。それほど大きな衝撃を私に残した出来事だった。

 

この2つの文章の違いは何だろうか。①は説明文である。かわいがっていた猫が猫白血病で死んだということを簡潔に説明している。②は感想文である。かわいがっていた猫が白血病で死んだことについての筆者の悲痛な思いをつづっている。学生たちが書く文章は、大きく分けると、この二つの文章のどちらかである。学校のレポートや試験で求められるのは説明文であり、読書感想文などで求められるのは感想文である。

 

上の二つの文章はどちらも悪い文章ではない。ただし、文章を読んでも、死んでいく猫の様子はイメージできないし、猫を看病する筆者の様子も文章から見えてこない。「自分の体験を伝える」という視点に立てば、①の文章で言えば、<ホタルはすぐに家族の一員となった。>というのはどういうことかは書かれていない。<猫が急に元気がなくなった>とうのはどういうことだろう。<最期までできるかぎりの手を尽くした>というのは、どのような看病をしたのだろうか。猫白血病になった猫は、どのような状態になったのだろうか、<心臓発作を起こして死んでしまった。>というのは、どのような死だったのだろうか。<猫>についても<ホタル>という名前が出ているだけで、どのような外見の特徴を持った猫なのかも分からない。筆者はかわいがっていた猫の死を体験したと書いているだけで、体験の中身は文章になっていない。

 

では、②の文章を読んで、筆者の体験が伝わってくるだろうか。<ホタルの異変に気付いて、病院に連れて行った>というが猫の異変については記述されず、白血病という診断に<目の前が真っ暗になった>という筆者の思いがつづられているだけで、その時、猫がどのような状態だったかはイメージできない。筆者が<祈るような気持で続けた看病>とはどのようなことをしたのか、猫の<壮絶な死>とはどのような死だったのかも分からない。筆者は自分の体験そのものは書かず、自分の思いや気持ちの動きをこれでもかとつづっている。

 

自分の「記憶に残った体験」を文章の中で再現し、それを読む読者がイメージでき、追体験できるということはどういうことだろうか。次の文章③は実際の文章を元にしている。

 

③ かわいがっていた黒猫の「ホタル」が、1月に急にエサを食べなくなったので動物病院に連れて行った。「歯茎も白くなっているし、体温も低くなっている。かなり重篤の状態だよ」と獣医は渋い顔で言った。診断は白血病の末期だった。

 

家に連れてかえり、ぐったりとしたホタルに毛布をかけて背中をさすった。自分でご飯を食べられなかったので、シリンジを使って栄養食を食べさせた。ホタルは薄く目を開けて小さな舌を口の間から出して、流動食をなめた。私は家にいる時はいつもホタルのそばに付き添い、「治るからね。大丈夫だからね」と声をかけ続けた。看病のかいがあったのか、立ち上がれなかったホタルが2日後に、足を引きずるようにして自分の足で部屋の中を移動するまでになった。「治るかもしれない」と期待を抱いた。しかし、それも一日だけで、翌日からまた動けなくなった。

 

白血病の診断から一週間後、ホタルは「コホン」と咳をしたかと思うと食べた栄養食を吐き始め、出し切った後、目を見開いたまま動かなくなってしまった。「ホタル」と名前を呼んだが、愛猫は目を開くことはなかった。病院に運んだが、「心臓麻痺」だった。死はあまりにも唐突だった。

 

この文章は愛猫の死という筆者の「体験」の中身を文章として伝えようとしている。①では説明でしかなかった猫が死んだ場面や、病気になった場面、獣医から診断を受けた場面、看病の場面が、情景の具体的な描写や、その時の会話によって再現されている。②でいう猫の「壮絶な死」も、<壮絶な>という形容詞ではなく、具体的な場面となっている。筆者の体験そのものが再現されることで、読者は書かれていることから場面をイメージでき、筆者の体験に入っていくことができる。

 

この冊子に収められた学生たちの文章でも、第1稿は①の説明文か、②に感想文であり、それをどのようにして、自身の体験を再現にした文章にするかが、修正で求められる。例えば、バリ島にある孤児院でのボランティアツアーに参加した経験を書いた「バリ島の孤児院でユニタとの出会い」(田中莉咲子)では、孤児院にいるユニタという少女との出会いについて第1稿では次のように記述されていた。

 

<(夕食の食堂で)ユニタという少女が座り、私に話しかけてくれた。私が彼女の言いたいことをなかなか理解できず困っていると笑顔で「大丈夫よ」と言い、身振り手振りを添えて一生懸命に伝えてくれた。すると完全には分からなくともなんとなく彼女の伝えたいことが分かるようになった。そんなユニタの姿に心打たれ、私も英語と日本語で、身振り手振りを添えて話したところユニタもなんとなく私が伝えたいことを分かってくれているようだった。私はとても嬉しかった。

 

最終日、ユニタが私に「りさこは私のお姉ちゃん。私のことを忘れないで」と言ってくれた。二人の間に絆が生まれていたのを感じた。>

 

筆者がユニタという少女と親しくなって、少女から「私のお姉ちゃん」と言われるまでになったことは分かる。しかし、実際に筆者とユニタの間にどのような会話や交流があったかは分からない。私の講評は<ユニタという少女について書いていますが、読者にはユニタという少女が全くイメージできません。あなたの文章からはユニタの映像も画像も、彼女の声も、話し方も、何も描かれていません>というものだった。

 

私の指摘を受けて、第5稿で筆者とユニタの出会いを次のように書いた。

 

<(少女は)手を胸にあて「ユニタ」と言い、今度は自分を指さした後、手で「13」を作り私に見せた。自己紹介をしたのだと分かった。私も同じように自分の胸に手をあて「りさこ」と言い、自分を指差した後「21」と手で伝えた。するとユニタは笑顔で頷き嬉しそうに、私の名前を呼んでくれた。>

 

この時にはすでに、自身の体験を記述する文章になっており、課題は文章の技術的な問題に移っている。筆者はユニタが自分の年齢を伝えるのに、<手で「13」を作り私に見せた。>と書き、自分の年齢についても、<自分を指差した後「21」と手で伝えた。>とする。しかし、この書き方では、どのようにして、手で「13」や「21」をつくるかは再現されていない。筆者の体験がイメージとして伝わっていないということである。

 

第8稿では次のように修正された。

 

<自分の胸に右手を当て「ユニタ」と言い、左手の人差し指を立てて“1”を作った。それに続いて3本の指を立てて私に見せた。「私はユニタ、13歳」と自己紹介をしたのだとその時初めてわかった。私も自分の胸に右手を当て、ゆっくりと「りさこ」と言い、右手の2本を立て、続けて人差し指を立て“1”を作った。彼女は私の自己紹介を理解してくれ、満面の笑みで私の名前を何度も呼んでくれた。>

 

互いに自己紹介した場面が再現され、字面を追うことで、イメージがわくように記述されている。その後、筆者はユニタと親しくなり、筆者のことを「私のお姉ちゃん」というまでになる。文章の中ほどに次のような場面が出てくる。

 

<一緒に折り紙を折っている時に「ペンを貸して欲しい」とユニタに言われ、持っていたボールペンを渡すと、ユニタはピンク色の折り紙で折ったハートに英語で「ユニタ+リサコ」と書いて、笑顔で私の手の上に乗せてくれた。ユニタが私のためにしてくれたことがとても嬉しかったので、私も紫色の折り紙で折ったハートに英語で「私の可愛い妹へ♡ りさこより」と書いてユニタに差し出した。すると彼女はそれを両手で持ち、彼女の頰にすり寄せた。そんな彼女の姿を見て、私の心は毛布で包まれたかのように暖かくなった。>

 

初めて訪れたバリ島の孤児院で、そこにいた少女と仲良くなって、このような触れ合いを持ったことがまさに「心に残った体験」である。その体験を再現した後で、<私の心は毛布で包まれたかのように暖かくなった。>と、自身の思いを書けば、その思いも読者に通じるものとなる。

 

文章の課題は「記憶に残った体験」であるから、体験に伴うすべての場面が筆者の記憶の中にあるはずである。その時の場面は情景として残り、その時に交わした会話や人の動きまで残っている。その体験の中身を文章で再現することで、その文章を読んだ者は、筆者の体験を追体験することが可能になる。この冊子の最終稿には、他にも、文章から筆者の体験が目に浮かぶような場面がいくつもある。

 

タイでの研修に参加し、孤児院を訪ねた経験を書いた「タイの子供達との『アルプス一万尺』」(吉川花音)は、子どもたちと手遊びの「アルプス一万尺」を一緒に遊んだことを次のように書いている。

 

<私と、一緒に来た学生で「アルプス一万尺」を彼女たちの前で一通りやって見せた。すると一人の女の子が、「私もできる!」という表情で私の前に立ち、両手のひらを出した。私が両手を顔の前で合わせると、彼女も急いで両手を顔の前で合わせる。続けて「アールプースー一万尺―」と私がゆっくりと歌う曲に合わせて、手を重ねる。 「小槍のうーえで」の「うーえで」の部分は二拍づつのポージングになるが、その部分は彼女にとって難しいようで、ワンテンポ早くなったり、遅れたりするのだが、私の手の動きをしっかりと見つめ、何とか合わせようと必死だ。彼女の動きが合っていると、「そうそう」「その調子」と伝わるように、私は目を大きく開き深く頷いた。> この学生の第1稿は、孤児院の説明と、研修についての説明がほとんどで、自分が孤児院でどのような体験をしたのかは書かれていなかった。個人で何をしたのかという体験を書くように注文を付けて、子どもたちと手遊びの「アルプス一万尺」をしたというエピソードが初めて出てきたのは第4稿である。 <(「アルプス一万尺」を)一緒にやろうと、向かい合い、手遊びを教えた。彼女たちは、言葉が分からなくてもリズムと曲を覚えようと、頭をフル回転させながら、手を動かす。一度終わっても、「もう一回!」とまた私の前に立ち、両手を見せる。その姿は無邪気そのままだった。>  文章では子供たちと遊んでいる様子はまだ浮かんでこないが、しっかり再現すれば孤児院での体験を伝えることができると思い、講評の中で次のように注文を付けた。

 

<あなたと子どもたちの関わりで、あなたがタイの子供たちと「アルプス一万尺」の手遊びをして、言葉は分からないけれど、心が通じるような体験があったというのは、しっかりかけば、よいかもしれません。タイの子供たちと手遊びをしている様子が見えるように、文章にしてみなさい。>

 

その結果として、最終稿のような「アルプス一万尺」を子供たちと一緒に遊ぶ場面の再現となるのである。自分の体験についていくら説明しても、体験がいかに心に残ったかを強調しても、体験の場面そのものが再現されなければ、その文章を読む読者には、筆者がどのような体験をしたかは伝わらない。学生にとっての「心に残った体験」であるから、それが、しっかりと文章で再現されれば、その文章を読むことで、心が温かくなったり、驚いたり、困惑したり、達成感を感じたりという学生たちの多様で豊かな体験に出会うことができる。この冊子の最終稿はそのような文章の実例となっている。

 

冊子の中に、車いすの学生が、小中学生の時に、英語のスピーチコンテストに参加した体験を書いたの「挑戦し続けることで人間の可能性は変えられる」(山本博之)という印象的な文章がある。第1稿ではスピーチコンテストで入賞した時の喜びを書いているだけだった。その喜びの背景など、体験としての中身を入れるように求めた。第4稿になって、英会話を学ぶことは幼いころから「一人では何もできない」と言われて育った筆者にとっての挑戦だったという英会話を始める経緯が出てきた。さらに、コンテストのステージに上がるのに車いすを降りて四つん這いになって階段を上がる情景が文章として再現された。筆者はステージまで車いすで行き、ステージを上がる階段の前で車いすから降りる。スタッフが車いすをステージの上に挙げた後、筆者は自力でステージに上がる。

 

<私は四つん這いになり、右手、左足、左手、右足の順に交互に次の段に置き、3つの段差を上った。両手を2度たたき合わせ埃を落とし、車いすに手をかけ両腕で下に力を加え自分の身体を持ち上げて座った。マイクの前まで聴衆に背を向けながら車いすを漕ぎ、左手で左側の車輪を引いて1回転し、聴衆の方を向いた。>

 

筆者が、この情景を文章に出してきたのはやはり第4稿であり、私は「やっとあなたの生の体験がでてきました。これであなたにとってスピーチコンテストがどのような意味を持つかは分かります」と講評した。

 

学生たちに体験を再現するように注文を付けても、すぐに書くことができるようになるわけではない。「この文章ではあなたの体験がイメージできません」「あなたの記憶に残っている体験を、情景や会話など具体的に再現しなさい」などという私の指摘や注文を受けても、第4稿、第5稿あたりまでは何を求められているか分からない様子である。学生たちは指摘を受けて、自分の「記憶に残った体験」に戻って、記憶をたどり、自身の体験と向かい合う。第4稿、第5稿でやっと具体的な体験が出てきて、第7稿、第8稿あたりから文章には具体的な会話が入り、情景が描かれてくる。そうなると、「文章を書くことが楽しくなった」という感想を述べる学生もいる。私にとっても、最初は中身がなかった学生たちの文章が、次第に生の体験が表れてくるのは、目を見張るような体験である。

 

この冊子では、これまでに紹介した作文のほかにも次のように印象的な体験が揃っている。多様な体験が集まっているのに、それぞれの文章に魅力があるのは、なによりも人間体験が再現されることで読者としての興味や関心を引き付けられるからであろう。私はジャーナリストとして40年近く仕事をし、多くの人々のインタビューをしてきたが、ジャーナリストの重要な仕事は生きる人間の体験を再現して伝えることだと考えている。事件、事故を伝えることは重要だが、どんなニュースであっても、そこに生き、生活している人間のこととともに伝えることで、事件事故が身近なものと思えるようになる。私は日本から遠く、戦争屋紛争が続く中東の出来事を扱っているだけに、中東で生きる人々の人間としての体験を伝えなければならないと考える。

 

いまはインターネットの時代であり、ツイッターやフェイスブックなどのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の発展と普及によって、誰もが自分の体験を発信できる時代になっている。個人だけでなく、企業やNGO、大学などあらゆる組織が自分のところに集まってくる情報を発信する。情報発信の中で、最も人々の関心や興味を引くのは人間的な経験である。企業や公的機関も、自分たちの仕事を説明するだけでなく、自分たちがつながっている人間の経験との関わりで、情報を発信する必要がある。人間の体験を記述するには、日本人が教育の場で身につける説明文や感想文の手法では限界がある。そのためには人間的な経験を伝えることを担ってきたジャーナリズムの手法が有効となる。

 

受講生は半期の授業で、自身の文章を10回も修正する過程で、自分の体験とは何か、それをどうすれば文章で伝えることができるかと考える。受講生からの感想では、「これほど深く文章に向き合ったことはなかった」というものが多い。半期の文章講座は体験を記述する文章の第一歩に過ぎないが、受講生にとっては、それまで知らなかった文章の世界が開かれることを期待している。

発信力を高める文章講座
1.体験の「場面」を再現するということ(川上泰徳)
2.学生の作品
 2-1.バリ島の孤児院でユニタとの出会い
 2-2.タイの子供達との「アルプス一万尺」
 2-3.雪山で出会った人々の温かさに気づかされたこと
 2-4.サービスという仕事
 2-5.15分が教えてくれた、”当たり前” の難しさ
 2-6.ふでばこが教えてくれたこと
 2-7.兄妹の心の壁を壊した結婚式
 2-8.ニューヨークでの苦い思い出
 2-9.学童キャンプで子どもたちから学んだこと
 2-10.よさこいで破った殻
 2-11.主役を演じて芽生えた沖縄県民としての自覚
 2-12.挑戦し続けることで人間の可能性は変えられる
 2-13.私と人を繋ぐ就職活動
3.取り組みの狙い(佐藤都喜子学科長)
 
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